(2004/04/13時点)

近況  

 ようやく、眼の不調と右肺の炎症がおさまりつつある。

最初にここで書いておきますが、デルタ研究所の大塚先生。今でも施療やっておられるでしょうか?HPが消えてしまってずいぶん経つのですが復活を首を長くして待っておられる女性もおられますよ。お早い復帰を願っております。先月末(29-30日)、復活した夢を宿泊先で見たので期待していたんですけど、単なる夢だったのかな。。。

さて、先月の中頃、大学で研究者をやっている知人と3年ぶりに一杯やり、最近のそれぞれの思いを語り合ったのだが、大学の研究者もうまく仕事が進まないとか研究の場すら奪われてしまうという難儀な場面にぶち当たる等いろいろあるようだ。

自分の研究をするスペース(研究室?)すら奪われてしまい、現時点では学生の指導くらいしか仕事が無いというのである。
詳しい事情を全く解することのできない私には、とても珍妙なことのように聞こえて仕方ないのだが、具体的にどういうことなのか、そして、どうしてそういう事態がおこるのか?その理由を想像することさえできない。

自分の研究するスペースが取り払われてしまうという、作業所閉鎖(ロックアウト)みたいなことが起こるとは実感できないのである。

私は体調不良や自分の全く興味の持てない分野に進んでしまったことによる欲求不満・虚脱感などによって、早々とそのような競争から脱落してしまったので、現時点では名目上は研究というポジションにいることはいるんだが、その実体は博物館案内職員や骨董品管理人、機器賃貸管理人みたいなもので、しかも相当の時間的ブランクを経てきてしまって、全く研究をする能力は無くなってしまっている。
しかし、彼の話を聞いていると、大学の研究職というのも、第一線でバリバリやれている人以外は味気なく何のためにやっているのか目的を見失い、生き甲斐を感じない単純労働者みたいな感じでいる人も多いのかもしれない。

彼は、学生に「俺を先生と呼ぶな!!」と言っているとのことで、その理由は、”研究者としては学生も院生も俺と同じスタートラインに立っているから。”だそうだ。
私は彼に「院生はともかく、学生には先生と呼ばせてもいいんじゃないの?」と言った。

とにかく、先生と呼ばれるのは、お互いにあまり嬉しくないということだな。


(とりあえず、ここまで 04/04/13)

(執筆 04/04/13)