(2005/05/29時点)う、あっちいけよ!朝鮮 

 自分では、女の子が大好きだと思っていたのだが、最近そうでないことに気がついた。
別に男が好きという意味ではなく、かわいい女性を見ると、やっぱり胸はときめいたりするのだが、妙に醒めている自分を発見することも多い。他人にわかるように説明するのは難しいのだが、実際に会話することが面倒という感じもある。。。

週刊プレイボーイ、最近は楽しみにしていた連載が終わってしまい、部分的にしか読まないのだが、エロ催眠特集の記事があった。
少し懐かしくなって、催眠術のホームページ、特に性的興味を刺激するサイトを久々に拝見したけど、私もこういう分野に夢中になっていたことあったなあ。
のめり込むことは無かったけど。。。
私の場合は、生活を少しでも充実させる一環とか技法の追求として関心を持っていたのだが、やはり、不調の回復が私の場合は優先していたので、他の方法を探ることに時間を使わざるを得なかった。

人生にもしも、ということは無いのですが(想像力を高めたり、振り返って反省・検証するなら意味あるけど)、若いときからの身体の不調(社会生活に著しく支障があった訳では無いが。それでも私にとってかなりのハンディではあったが。)や教育の美名の名の下に日本独特の左翼(私は和風左翼と呼んでいるが)的偏向思想を押しつけてくるバカ教師、その他もろもろの社会的障害、社会問題が無く、そのようなことに関心を持つことがなかったなら、いろいろな知識や体験を利用して人生を激しく享楽的に生きることに全精力を傾倒していた、また別の自分というものがいたのではないか!?と思う時がある。

でも、逆にもっと自分自身を律し、規則正しい生活を送るような人間になっていたかもわからないし、実際にたどることができなかった仮定の人生について言えることなんか無いわな。

今になって思ういくつかの人生の分岐点で、「あのときこうしていたら。」と想像することはあるけど、それはあくまで想像であって、現在の自分とその周りの環境だけが実際の結果であり、それしか確実なものはない。

(執筆 05/05/29)