人生は思うようにはいかないものね。。。

とある獣医さんと会食したときのお話。
要点だけ、ぱっぱと書いていく。

動物園を所有している市に採用され、本人も動物園で動物の飼育を希望していて、本人もえらく張り切っていた。配属先は、何と驚くなかれ保健所であった。
そこで行う仕事は多種多様なんですが、野犬捕獲も仕事の中にあるから、こう言っては非常に悪いと思うんだが、当然、"動物愛護団体ご一行様がお嫌いになる"犬殺しの手先である(笑)

その獣医本人のショックはいかなるものだったのだろうか。「話が違うじゃねえか!!」と思っただろうか。
その当初の意欲と配属先の驚くべきギャップに笑って構わないのか笑ってはいけないのか、大いに迷って困ったのだが、まるで自衛官や警察官になったつもりが、いつのまにか拉致組織・強盗の一味になっていたくらいの衝撃だったと思う。
それだけショックならば、人事担当者は採用前面接等の説明では動物園の仕事内容しか説明していなかったのでは、と思ったくらいだ。仮にそうであったなら、アメリカだったら訴訟騒ぎになるのではなかろうか?
まあ、最近は獣医が直接手を下すこと(ひと昔なら絞め殺す、水死させる、麻袋をかぶせて撲殺する、硝スト注による薬殺など)はないから、手先になるくらいは我慢しなきゃと考えもあるけどね。
(現在はCOガス室行きと聞いている)

でも、野犬捕獲というものも必要な仕事なのである。
飼い主が責任もってその犬を最期まで飼ってあげれば良いのに、まるで飽きてしまったおもちゃを捨てるかのように捨てていったりするから、そんな仕事をしなくてはならないのである。一人暮らしのお年を召された方が、「もう世話ができないから。」と泣く泣く所有権を放棄する場合とかどんなにしつけても、犬が凶暴で家に訪問する人に手当たり次第に吠えて噛みつくから始末して欲しいという場合などは除きますがね。
動物愛護団体がまれに押し掛けて収容施設改善要求とか虐待反対と言いに来ることもあるそうですが、問題は保健所等の引き取り施設・動物収容処分施設にあるのでなく、本当にどうしようもないことであります。

「信号無視をなくすには交通信号が無くなればいい」とか「死刑は直接死刑執行をする奴らが一番悪いんだ」と考えてしまう狂力な思考回路を私が持ち合わせてさえいれば、こんなことを思わずに悩んだり憤ったりしなくてすむんでしょうけど・・・・・。

子犬とか子猫なら処分前に引き取り手も多くあるでしょうけど、有る程度発育した成犬はなかなか引き取り手はありません。ほとんどは始末されることが多いのですが、それまでは必要以上に苦しませないように収容施設の環境に配慮するぐらいしかできません。

採用時と配属時のギャップについての話に戻りますが、契約内容や採用条件と実際が大いに異なるということは、今までも良くあったことですが、司法制度改革等でこういうことは無くなっていくのでしょうか?大変興味深いところであります。
最近は労働環境改善運動も弱いしね。逆に使用者有利に改悪されているから。

「やっぱ止めた!!」と言って、採用を蹴飛ばしたと聞いていないので、あのまま仕事しているとは思うけど、とりあえずやってみるんだろうな。しかし、殺す仕事よりは救う仕事したいよね、どうせなら。
まあ、このご時世では仕方ないかな。人殺し・詐欺よりはまし、と自分に言い聞かせるしかないかも。。。

どうしても嫌なら、独立開業すると思うが、その前にどこかでトレーニングしなければならないだろうね。

P.S.
日本はまだまだどこかおかしい国ですね。
公認会計士なども、本来は株主の為に不正経理や粉飾決算が無いか会社役員をチェックすべきなのに、逆に会社側に雇われているんだから。ある学者が「ギャングに雇われた検事みたいなもの」と言っていたのは、ズバリ的を得ていて大笑いした。

また、日本の国民に選ばれた政治家も、「これで国の為に頑張れる」と張り切っていたら、冠婚葬祭に駆り出され、派閥を形成・維持に必死にならざるを得なくて、いつのまにか男芸者や勝手に北方領土等を売ったり他国に献金?したりする売国奴に変身してしまっている。

(いつ書いたか忘れました。少し文章手直ししたのは05/02/04)

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