成功の鍵と自分の鍵穴
 ちっとも成功していないし、自堕落な生活に終始している私が、成功の鍵について語るのも非常におこがましく図々しいとも思うのだが、ここはあえて書くことにした。ふふふ。

実はわたくしこの4月から、また仕事内容が変わるのである。せっかく現在の仕事に慣れてきて、ようやく何か試してみようと考えていたのだが、また未知の内容(まだ全然不明)に関わらなくてはならない。
結構、こういうことはストレスになるのであるが、惰性で流されるような生活から抜けるという積極的な一面もある。
歳を経るに従って、新たなことに取り組むのはもう嫌になって、「もうのんびりと流される生活にしたいな。」と思うこともある。仕事だから仕方ないんだけどね。出会いがあれば別れがあり、何気なく日常生活で会っている人々ともこれで永久に会うこともないんだな(会いたくない奴もいるけど)と思うと、なんだか少しだけ悲しい。。。
決して華やかでもなく、飛び抜けて幸せということも普通に幸せという訳でもないが、日常生活の風景がまた一変しまた次第に慣れてはいくのであろうが、また静かにいつのまにか時間というものが経ってしまったんだな、と思う。こう思えるということは、悲しいこともあるけど、決して不幸ではないのかもしれないな。

まあ、現在の心境はこのくらいでやめておくことにしよう。

この間、ノーベル化学賞を受賞した、島津製作所の田中耕一氏の講演会があって、それが抽選で競争率が高く、それでも聞きに行きたいから、はがきで応募する際、名義を貸してくれというので、了承し名前を貸してあげた。
私自身は田中氏の講演は聴く気は全くなかったので全然構わなかった。結局、私名義の応募は落選してしまったが。。。

確かに人の話を聞くということは自分の体験にはない貴重なことも聞けるし、まして成功者や栄誉を得た人の話には成功の鍵が隠されているかもしれない。しかし、その鍵があてはまる鍵穴が自分にあるとは限らない
少年少女というこれからの世代に夢を与えるというならともかく、話を聞いたから即成功につながるということもなかろう。

発見とかのBREAK THROUGH(ブレークスルー:現状打破、突破)は論理的思考能力が優れているからといって必ずしもできる訳でなく、運とか常識を逸脱した冒険心とかほとばしる探求心によってもたらされることも多いと思う。

自分の興味持てることを淡々と情熱を持って打ち込めればそれが一番良い。そういうことですら、私を含めて大多数の人達ができていないのだから。。。

最近はやる気も出てこないのだが、以前お世話になった林貞年先生のHPの掲示板を覗き、「やる気が出ないときは行動してみること」と書いてあって、ああそうだな、と思った。
現在は疎遠になってしまった友人で、家にひきこもってしまった人がいたが、自分の考えていた進路に進めず、しかも恋愛ごともうまくいかなかった(しかも女の子に嫌悪されたらしい)ためと推察されるが、私も意図していたのと違った不本意な人生を歩まなくてはいけなかったのでその気持ちは垣間見るというか垣間に感じることができるのですが(ここで"気持ちが理解できる"と書くと、「俺の気持ちがわかってたまるか!!」と発狂する人もおられるので書かないけどさ)、とにかくそれでも社会に動き出さなくては、気持ちは悪循環でしぼんでいってしまう。カラ元気でも積極的に行動していれば、体が元気を覚えてくれると表現していいのか、元気・やる気をとりもどす機会を得ることは、そうしないよりもはるかに多いと思う。(絶対とは言えないけど)
なんらかの着想も、何かしら手足が動いていれば、捕まえる機会もきっとあると信じたい。
もちろん、いろいろな呼び方があるだろうが、大自然の摂理、神の法則、自然法則というものを探しだし、それに沿った、少なくとも逆らわない行動でなくてはならないだろうが。。。自分だけの特徴というのも勘案しながら

(03/03/27)

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