実は幻想や妄想は楽しい
私の妄想について、もう少し語ろう。
おそらくは、私の場合ほとんど"空想""幻想"の範囲に入ると思うのだが、最近はあまりに現実に対して絶望しているので、それらの時間が長くなってしまっているんだ。そんなこと考えても無駄ではないか?と思うこと多いし、実際に無駄なんだけど、どうしても考えてしまって、もっと有意義な人生を送る為の支障となっている。
ここまでの状態は、「(WS)妄想」としたい。ここから、前ページにおける私の定義どおりに3つの言葉を用いる。
「WS妄想」・・・もう一度、念を押しておく。空想・幻想が過ぎて、現実生活に支障が出たり、訳のわからないことを口走ったりすることの意味を含む。

本当の事かどうか知らないが、野球漫画の第一人者の水島新司さんが、日本プロ野球球団ダイエー・ホークス(現:福岡ソフトバンク・ホークス)監督の王監督との会話で、あくまでも架空の漫画のキャクラターである"あぶさん"の話題になって、次のように口走ってしまったという話を聞いたことがある。都市伝説かもしれませんが
●水島発言その1
 王監督に会ったとき、「そういえば『あぶさん』ってまだ続いてるの?」と聞かれ、 非常に憤慨した。何言ってるんだ、あんたいつもあぶさんに助けてもらってる くせに!

●水島発言その2
「水島先生、史上最強の打者といったら誰になるでしょうね?」
「う〜ん、山田」
「は?どの球団の?」
「ドカベン山田太郎以外考えられない。あれは凄い選手だ」

これくらい自分の空想に入れ込んでしまっていないと(この段階では、既に妄想域突入かもしれませんが)、面白い漫画は書けないのかもしれないけれど(今の「あぶさん」「ドカベン」が面白いかどうかはさておいて)、冗談でなく本気で発言してるなら、あくまで、現実に直面してペナントレースを戦っている王監督は苦笑するしかなかったのではなかろうか?本気で文句言われているなら、「堪忍してくれよぉ」と言いたいくらいに、はた迷惑なことだろう。
空想のキャラクターで優勝できるなら、俺(B-WATTY)だってこんなオーダーを組みたいよ。

1.明智球七(漫画「アストロ球団」の中堅手。弟・球八とのコンビで上空高いホームランももぎ取る)
2.イチロー(メジャーで安打数最高を記録した頃)
3.バリー・ボンズ(アメリカ・メジャーリーグのシーズン最高本塁打数を記録した時の。とりあえずDHで)
4.とにかくもの凄い選手を作成する
空想が現実に反映するのだから、例えれば、家庭用ゲーム機の野球ソフト・エディットモードで全てのファクター、走力・打力・守備力・肩・頭脳全て最高値で、かつ、ハンサムでかっこいい、それでいてワイルドな選手にする。メジャーでシーズン、本塁打150本・安打370本程度打つような選手。遊撃手。
5.巨人の二塁手・二岡の守備力+西武ライオンズのアレックス・カブレラの打力を持つ選手
6.長島茂雄(ミスター・ジャイアンツ。但し、身長を10cm・体重10kgぐらいUPして)
7.王貞治(言わずと知れた世界の本塁打王。但し、身長を10cm・体重10kgぐらいUPして)
8.明智球八(漫画「アストロ球団」の右翼手。超巨体)
9.マリナーズの城島健二か漫画「ドカベン」の山田太郎

これだけの打線なら、ピッチャーは、現実にいるピッチャーでいいや。漫画「巨人の星」の星飛雄馬も入れておくか。控え選手には、漫画「コブラ」の主人公のコブラとか、漫画「セニョール・パ」の立花香織、水島新司先生に敬意を表して、「野球狂の歌」の美少女投手・水原勇気も入れておくかな。

念のために、負けそうになった時の為に、コーチ陣には漫画のキャラ・ドラえもんでも入れておくか。のび太君ほどドジでない普通の人間なら、ドラえもんのアイテムも上手く使いこなすだろう。

監督は、表向きは長島茂雄人形で、実質的な監督には仰木監督に霊界からでも蘇ってもらおうかな。人気もばっちりだろう。

こんなことが実現したら、巨人の渡辺オーナーもよだれを流すほどの勝利の快感に酔いしれることができるだろう。相手チームの本塁打はハイジャンプでもぎとってくれるわ、打線は文字通り"史上最強打線"だわ、選手のキャラクターは魅力的だわ、素晴らしいよ。

まあ、野球を一例として妄想を書き散らすのは、このへんにしておこう。

でもさ、周りにとってははた迷惑な話かもしれないし、結局は誰にもまともに相手にされなくなってしまうのかもしれないけど、完全に何らかの妄想に酔ってしまって信じ込んでしまい、本気で自分の外の世界にそれを訴えて、もしかしたら熱烈な信奉者でもできたら幸せだろうな。本当の幸せかどうかわからないけど。。

さて、もう一つ断っておくことがあります。
それは、「この世の中の存在自体が全て妄想だ」という考え方ですが、そのような深遠な思想はここでは話題とはいたしません。
仏教用語に「唯識」という言葉がありますが、唯識説によれば、ただ心のみがあり、外界には事物的存在はないとみます。詳細を調べたい方は書籍やネット検索をされたい。

例えが適切かどうかはわかりかねますが、「この世の中の存在自体が全て妄想」だとしても、そのような究極の神というか、それに近い全貌がつかみかねるもっと大きな力を有する存在が生み出す"神源的妄想"(もちろん、B-WATTYの造語)からは人間の力をもってしては脱却することができません。

"神源的妄想"="現実"としてください。

卑小な人間の分際で、「俺こそが神なんだ。」という人がいたら、周囲に無駄な説法や持論のご披露をする前に、ご自分の偉大な力とやらを駆使して、是非、誰にも気づかせないうちに周囲の人間や動物・植物達を含めて、それら全てに対して「現実」を構成してみてくださいませ。
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