夢や希望ね。うーむ。。
(自己実現とか能力開発も含んだ広義の意味での)健康法の紹介に際して、"夢"や"希望"を語るのは、特に重大な影響が無い日常会話の中とか歌とか映画や舞台などのショーの範疇に収まっているのなら何の問題もないけど、他人との競争や評価が問われる分野とか能力開発から病気や身体の不具合の治癒・改善に関わる分野まで、やたらと強調するのは疑問があるなあ。
気持ちの持ちようというのは、生きていく上で重要なファクターであることには賛成するのだが、問題解決にはそれだけで十分では無いと、経験を通して感じたことは無いですか?それとも、問題解決や苦難に立ち向かって悩み苦しんだ経験が元々無いから理解できない?
わざわざこんなことを書く必要は無い、と思っていたんだけど、そうじゃないのかもね。。。
だから、以下書いていきます。

自分自身や極近い周囲に、問題解決に必要なものが全部揃っているなら、気持ち次第でなんとかなる可能性は非常に高いが、大概の場合、それは誰にもわからない。
各人それぞれがやってみなければわからないものが、やたらと強調するあなたにはわかるのですか?とも問うてみたい。

一例ですが、キャラクターになりきって一人や仲間うちだけで楽しむコスプレとか、サークルやコミュニティでみんなで盛り上がるものとか、ショーの中で催眠状態を楽しませるなどは、非常に簡単に(あくまで脳内や周囲だけに限定されてしまう可能性が高いですけども)人生を豊かにするために必要なものを、自分の心の持ちようや想像力、その周囲の気分や盛り上がり等の同調で揃えられるからいいけど、ショーでも他人の評価が入ってきて、それによって収入や地位が決まるということになれば、自分(達)の気持ちだけでなんとかならず、他人を楽しませる容姿・雰囲気や演技の実力、運も問われるようになってくる。まして、能力開発とか病気や身体の不具合の治癒・改善・社会を良くしようとなると、個人の"夢"や"希望"だけで全てのハードルがクリアできるような極めて楽観的な考え方が通用するとは到底思えないし、実際いくらでも実例は挙げられる。そういうことに気がつかないのなら、いろいろな経験を積んだ他人から様々な指摘や異論を受けたりすると思うが、それらにはまともに応えず、"とにかく理屈でないんだ"とか"夢や希望"を強調しているような発言や行為は、悪意は無いかもしれないが、思慮が足りない不誠実な態度にみえてしまう。

現実は確かに理屈では説明のつかないことは多い。感性に訴えるものの多くは理屈で語る必要の無いものである。
しかし、商品購入の勧誘に理屈でなければ何だ?ということになる。屁理屈か?それとも私を無条件に信じなさい?というのであろうか?
損害を与える詐欺や悪意のあるもの、効果の疑わしいものに対して、全くの無防備・無抵抗でいなさい、というのであろうか?
そういうことは余程のことが無いと言えない

理屈が合わなければ、今まで気がつかなかった新しい現実に則して理屈・理論を変えたり近づけていく。これが人間が複雑怪奇で未知な世界に切り入っていく態度である。
とにかく経験してみてください、というのなら、高額なお金をいきなり徴収するのでなく、効果があるのかどうか確認し納得できるお試し期間(モニター期間)でも設けてみたらどうだろうか?でなければ、質問や指摘には応えてもらいたいけど、そういうことは購入を考える人が自発的に提唱者や販売者に要求したり促すべきことなんだろうな。
参考文章:せめて、効果を示すデータを出してくださいませ。
関連雑文:最近、怪しげな商品が目立つけど

後日、もう少し熟考してみる。

(04/08/12-14)

書き殴りメニューに戻る